愛するよりも愛されたい 令和言葉・奈良弁で訳した万葉集① / 佐々木良
2023年7月時点で14万部を超える大ヒットを記録した「愛するよりも愛されたい 令和言葉・奈良弁で訳した万葉集①」を読了。
万葉集は1300年ほど前、飛鳥時代から奈良時代にかけてまとめられた日本最古の歌集。全20巻、約4500首の歌が収められている。
万葉集のおよそ大半を占めるのは、恋歌。
恋歌は本来、若者が詠んだものであるにも関わらず、現代語訳では、おじさんのような硬い口調になってしまっている。そこで、作者はこれを若者言葉と奈良弁を使って意訳し、より元の歌の雰囲気を反映させたいと考えたようだ。
フリップネタの新境地?
現代語訳では、歌の「解説」が中心になるはずだが、この本では解説が「補足」とされているのが面白い。
奈良弁のネイティブではないため、正確なイントネーションでの脳内再生は難しいが、内容は「教養のある芸人のフリップネタ」のように気軽に楽しめる。褒めてるよ。全く悪口じゃないよ。
例えば、以下の歌がなかなかひどい(褒めてるよ)
妹(いも)をこそ 相見(あひみ)に来(こ)しか
佐々木 良. 愛するよりも 愛されたい 令和言葉・奈良弁で訳した万葉集①. 万葉社, 2022, p.117
眉引(まよび)きの 横山辺(へ)ろの 鹿猪(しし)なす思へる
母親が厳しい女性に対して、男性が送った歌。
妹(いも)は、妻や恋人などの親しい女性、愛する女性を指す言葉。
「会いたくて来たのに邪魔者みたいに思うなんて」という意味だと思うが、これが意訳されると……
好きな子に 会いにきただけやのに
佐々木 良. 愛するよりも 愛されたい 令和言葉・奈良弁で訳した万葉集①. 万葉社, 2022, p.116
山イノシシをみる目で みやがって!
クソババアァァァァァ!!!
となる。これはひどい(かなり褒めてるよ)
昔の言葉を「現代の言葉」や「方言」に意訳した本は他にもあるが、この本が大ヒットした理由は、SNSを中心に広まる「若者言葉」に焦点を当てたこと、丸みを帯びた優しい語感の奈良弁を取り入れたこと、そして著者の優れたお笑いセンスが相乗効果を生んだからだと思う。
メディアが注目する恋の歌
以前、テレビのニュースでも取り上げられていたことからも、この本の話題性や注目度が分かる。
テレビでは以下の歌がピックアップされていた。
さのかたは 実になりにしを 今さらに
佐々木 良. 愛するよりも 愛されたい 令和言葉・奈良弁で訳した万葉集①. 万葉社, 2022, p.49
春雨降(お)りて 花咲(はなさ)かめやも
片思いする男性からの告白を拒む人妻の歌。
さのかた はアケビのこと。すでに結婚している自らをアケビに例えて、「とっくに実になっているのに花が咲くことがありますか」と返事をしている。
これが意訳されると、
うち 人妻やのに
佐々木 良. 愛するよりも 愛されたい 令和言葉・奈良弁で訳した万葉集①. 万葉社, 2022, p.48
付きあえるわけないやん
ワンチャンないで
「ワンチャン」の若者感がいいね!
野暮だが一応、ワンチャンは「ワンチャンス」→「一縷の望み」→「いけるかも!」という意味。
元の歌ではワンチャンありそうな返事だったが、若者言葉に訳すとその可能性さえもなくなってしまう無情さが好き。
何千年経っても変わらない永遠のテーマ
寐(い)も寝ずに 我が思ふ君は いづくへに
佐々木 良. 愛するよりも 愛されたい 令和言葉・奈良弁で訳した万葉集①. 万葉社, 2022, p.135
今夜(こよい)誰(た)れとか 待てど来(き)まさぬ
これは夫が帰ってこない理由を察した妻の歌。読めなくても意味は分かったよね。
寝るに寝られず 旦那を待ってる…
佐々木 良. 愛するよりも 愛されたい 令和言葉・奈良弁で訳した万葉集①. 万葉社, 2022, p.134
いつまでたっても 帰ってこーへん…
あ〜⁉︎ どっかの女と会ってるな!
#旦那帰ってこない #不倫かも
SNSも週刊誌もない約1300年前に書かれた歌に、現代と変わらない人間の姿が描かれている。
そして、不謹慎だがハッシュタグを活用していて笑ってしまった。意訳にハッシュタグなんて、なかなか思いつかない。
みんな秘め事に興味ありすぎだよね。そんな人たちへ以下の歌を送りたい。
我が心 焼くも我なり
佐々木 良. 愛するよりも 愛されたい 令和言葉・奈良弁で訳した万葉集①. 万葉社, 2022, p.81
はしきやし 君に恋(こ)ふるも 我が心から
……焼けるような怨念は 私のココロ
佐々木 良. 愛するよりも 愛されたい 令和言葉・奈良弁で訳した万葉集①. 万葉社, 2022, p.80
クソッ 旦那への愛情も 私のココロ
コロシタイクライ アイシテル……
気をつけた方がいいよ。
さらに読み進めていくと、「恋力(こひじから)」を「恋パワー」と訳しているのが可愛らしいと感じたが、何よりも「恋力」という言葉が当時から使われていたことに驚いた。
編集後記
全体的を通してユニークな内容で、昔の言葉が時代を超えて進化した様子を実感させる魅力があった。
誰でも気軽に読めるので、万葉集の歌に初めて触れる人にとっても良い機会になると思う。
また、「万葉集を奈良弁の若者言葉に」というアイディアは応用できそうだ。
例えば、
など、新しい視点から古い作品を楽しめるかもしれない。
あと、同著者が書いた「太子の少年 令和言葉・奈良弁で訳した万葉集②」も出版されているので、チェックしてみよう。